
「本当にそれに執着する必要があるのか?」と自問することで、心の余裕が生まれます。
煩悩とは、私たちの欲望・執着・怒りなど、心を縛るものです。仏教では、煩悩を手放すことで、真の自由と解脱が得られると説かれています。しかし、煩悩を完全に捨て去ることは容易ではありません。私たちは生きている限り、何かを求め、執着し、時には怒りや妬みを抱えてしまうものです。だからこそ、「煩悩を手放す」とは、無理に抑え込むことではなく、その存在に気づき、向き合い、適切な距離を取ることが大切なのです。
例えば、私たちは未来に対して不安を感じたり、過去の出来事に囚われたりすることがあります。しかし、その不安や執着に飲み込まれたままでは、心が縛られてしまいます。そこで、仏教では「今この瞬間を大切に生きる」ことを説きます。過去は変えられず、未来はまだ訪れていない。だからこそ、「今、自分ができること」に意識を向けることで、不安や執着から解放されていくのです。
また、日常生活の中で、無意識のうちに煩悩に支配されていることも多くあります。例えば、人の評価を気にしすぎたり、物事が思い通りにならないことに苛立ったりすることも、その一例です。しかし、ふと立ち止まって「本当にそれに執着する必要があるのか?」と自問することで、心の余裕が生まれます。
煩悩はなくすものではなく、気づき、智慧をもって手放していくもの。執着を減らすことで、心の負担が軽くなり、穏やかな境地へと近づくことができます。仏教の教えは、私たちがより自由に、安らかに生きるための智慧を示してくれています。
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
このお話は、四十九日法要でもお話することがあります。仏教では亡き方を偲ぶ最初の大きな法要が49日です。