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煩悩を手放し、心の自由を得る【公式】お坊さん@出張

「本当にそれに執着する必要があるのか?」と自問することで、心の余裕が生まれます。

煩悩とは、私たちの欲望・執着・怒りなど、心を縛るものです。仏教では、煩悩を手放すことで、真の自由と解脱が得られると説かれています。しかし、煩悩を完全に捨て去ることは容易ではありません。私たちは生きている限り、何かを求め、執着し、時には怒りや妬みを抱えてしまうものです。だからこそ、「煩悩を手放す」とは、無理に抑え込むことではなく、その存在に気づき、向き合い、適切な距離を取ることが大切なのです。

例えば、私たちは未来に対して不安を感じたり、過去の出来事に囚われたりすることがあります。しかし、その不安や執着に飲み込まれたままでは、心が縛られてしまいます。そこで、仏教では「今この瞬間を大切に生きる」ことを説きます。過去は変えられず、未来はまだ訪れていない。だからこそ、「今、自分ができること」に意識を向けることで、不安や執着から解放されていくのです。

また、日常生活の中で、無意識のうちに煩悩に支配されていることも多くあります。例えば、人の評価を気にしすぎたり、物事が思い通りにならないことに苛立ったりすることも、その一例です。しかし、ふと立ち止まって「本当にそれに執着する必要があるのか?」と自問することで、心の余裕が生まれます。

煩悩はなくすものではなく、気づき、智慧をもって手放していくもの。執着を減らすことで、心の負担が軽くなり、穏やかな境地へと近づくことができます。仏教の教えは、私たちがより自由に、安らかに生きるための智慧を示してくれています。

「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」

このお話は、四十九日法要でもお話することがあります。仏教では亡き方を偲ぶ最初の大きな法要が49日です。

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この記事を書いた人

大阪府東大阪市の龍眞院(代表 小田昌良)です。浄土真宗本願寺派の僧侶として、関西一円でお葬式や法要を心を込めてお勤めしております。

ご縁をいただいた方々が、阿弥陀如来の大きな慈悲に包まれ、少しでも安心してご先祖供養に向き合っていただけるよう、日々精進しております。

このホームページでは、仏事に役立つ情報や仏教の教えを日常に活かす法話を発信しています。

またXでも法話を配信し、より多くの方に仏縁を結んでいただけるよう努めております。

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