龍眞院 釋大智の法話– category –
龍眞院 釋大智による日常法話。掃除・感謝・人間関係など、日々の生活に生かせる仏教の心を優しく語ります。
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龍眞院 釋大智の法話
心を広く持てば、物事は簡単になる|【公式】お坊さん@出張®︎
私たちが目指すのは、仏さまのような広く深い心です。 自他一如(じたいちにょ) 仏教では慈悲(じひ)の心を大切にします。「慈」とは相手に楽を与えようとする心、「悲」とは苦しむ人に寄り添い、その苦を取り除こうとする心。この二つの心を持つと、私... -
龍眞院 釋大智の法話
泥水が静かになると、底が見える|【公式】お坊さん@出張®︎
心の底にも仏の光が差し込んでいるのです。 心の静けさ「ゆっくり、じっくり」 私たちの心は、まるで泥水のようなものです。日々の忙しさや不安、怒りや焦りなどでかき乱されると、心は濁り、目の前の真実が見えなくなってしまいます。そんな時こそ大切な... -
龍眞院 釋大智の法話
嵐の後に晴れが訪れるように、忍耐が安らぎを生む|お坊さん@出張
自らの心を整えることは、周囲に安心を与える光になります。 本当の強さとは何か? 人生には、自分ではどうしようもない苦しみや困難が、まるで嵐のように突然襲ってくることがあります。しかし、その嵐は決して永遠に続くものではありません。やがて過ぎ... -
龍眞院 釋大智の法話
在家の生活の中にも、仏の道は広がっている|【公式】お坊さん@出張
生きているこの世界が、仏教を実践する道場なのです。 仏道は日常生活の中にある 仏道は特別な修行者や僧侶だけのものではなく、私たち在家の生活の中にも、しっかりと根づいています。仏教は“今ここ”にある現実の苦しみや悩みに光を当てる教えです。お釈... -
龍眞院 釋大智の法話
仏の智慧は、あらゆるものを照らす光である|【公式】お坊さん@出張
仏の光を受け取るかどうかは、私たち自身の心のありようにかかっています。 愚痴の心には智慧の光 仏さまの智慧は、まるで朝の光のように、私たちの心にそっと差し込み、迷いや苦しみを照らしてくれます。この智慧は単なる知識や頭の良さではなく、物事の... -
龍眞院 釋大智の法話
仏の教えは、どこまでも私たちを支える|【公式】お坊さん@出張®︎
阿弥陀さまは「本願」のまことの願いをもって寄り添ってくださいます。 阿弥陀さまの救い 私たちの人生には、思いがけない「無常」の風が吹きます。大切な人との別れ、努力が実らない日々、自分を責めてしまう夜。そんなとき、心は孤独と不安に包まれ、何... -
龍眞院 釋大智の法話
水が形にとらわれないように、柔軟な心で生きる|【公式】お坊さん@出張®︎
仏さまは決して「忘れろ」とは言われません。大切なのは「とらわれないこと」。 岩の人・砂の人・水の人 水はどんな器にも合わせて形を変え、流れ続けます。この「水のような心」は、仏教の「無執着」という教えに通じます。こだわりや欲に縛られず、変化... -
龍眞院 釋大智の法話
形にとらわれず、真実を見る|【公式】お坊さん@出張®︎
目に見えるものは、やがて必ず壊れていくのです。 心眼(しんがん)とは 私たちは普段、目に見える形や言葉、肩書きなどに大きく心を奪われて生きています。立派な建物、美しい言葉、名誉ある称号など、形あるものは確かに目を引きます。しかし仏教では、... -
龍眞院 釋大智の法話
すべての人は仏に至る可能性を持つ|【公式】お坊さん@出張®︎
誰もが仏の子として尊い存在なのです。 仏に至る道とは この世に生まれた私たちは皆、仏となる種を心に宿しています。生まれや育ち、過去の過ちに関わらず、阿弥陀さまの光はすべての命に等しく注がれています。「私なんか…」と思う心にこそ、仏の慈悲が届... -
龍眞院 釋大智の法話
今ここに、すべてがある|【公式】お坊さん@出張®︎
今、この瞬間に心を向け、目の前のご縁を大切に生きることです。 一念三千(いちねんさんぜん) 人は生きる中で、過去の後悔や未来の不安にとらわれがちです。「あの時、ああしていれば…」と悔やんだり、「これから先どうなるのか」と心配したり。しかし、...