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木が余分な枝を落としながら、その木らしい姿へと育っていく。
「成長」と聞くと、新しい知識を身につけること、できなかったことができるようになること、経験を増やしていくことなど、何かを自分に「足していく」姿を思い浮かべることが多いように思います。
もちろん、それも大切な成長です。
しかし、人生を歩んでいると、成長とは足すことだけではなく、少しずつ「削っていくこと」でもあると気づかされます。
若い頃には、人からどう見られているのかが気になったり、失敗することを必要以上に恐れたり、自分の考えが正しいことを証明しようとしたりすることがあります。
人と比べて落ち込んだり、反対に自分の方が優れていると思うことで安心しようとすることもあるでしょう。
けれど、さまざまな経験や人とのご縁を重ねる中で、「そこまでこだわらなくてもよかった」と気づく瞬間があります。
見栄を手放す。
人と比べることをやめる。
自分の正しさだけにこだわらない。
すべてを自分の思い通りにしようとしない。
仏教では、物事を握りしめて離せない心を「執着」として見つめます。
執着というと、何かを欲しがることだけのように思えますが、「こうでなければならない」「こう見られたい」という自分の考えにとらわれることも、私たちの心を重くする原因になります。
だからといって、何もかも捨てればよいということではありません。
大切なのは、経験を重ねながら、自分にとって本当に大切なものと、もう握りしめなくてもよいものを見つめていくことです。
成長するほど多くを抱えるのではなく、必要のないものを少しずつ手放して、心が軽くなるにつれて、考え方や価値観も変わっていくように感じます。
木が余分な枝を落としながら、その木らしい姿へと育っていくように、私たちの人生も、何かを足し続けることだけが成長ではありません。
「何を得たのか」だけではなく、
「何を手放せるようになったのか」。
振り返った時、以前なら許せなかったことを受け入れられるようになっていたり、人と比べなくなっていたり、小さなことにこだわらなくなっていたりする。
そこにも、目には見えにくいけれど、確かな成長の姿があるのではないでしょうか。合掌🙏
「手放せるようになることも、ひとつの成長」
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は四十九日法要や入仏式のご縁でもお伝えすることがあります。
仏教では亡き方を偲ぶ最初の大きな法要が49日です。
お仏壇を新しく整えることは、仏様をお迎えする大切なご縁です → [入仏慶讃法要]
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