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覚えている教えより、いつの間にか生き方に現れている教え

忘れてしまった言葉を数えるより、今日の自分の生き方に何が現れているのかを見つめてみる。

目次

教えは生き方の中に現れている

仏さまの教えを何度聞いても、その言葉をすべて忘れずに覚えていることはできません。「良い話だった」「心に響いた」と思っても、数日もすれば内容を忘れてしまうことも少なくありません。

けれど、忘れてしまったからといって、その教えが自分の中から消えてしまったとは限りません。

何度も教えに触れているうちに、以前なら腹を立ててすぐに言い返していた場面で、少し立ち止まれるようになる。自分の考えばかりを優先していたのに、相手にも事情があるのかもしれないと思えるようになる。失敗した時にも、ただ落ち込むだけではなく、「この経験から何を学べるだろう」と考えられるようになる。

その時、どの経典のどの言葉を思い出したのかと聞かれても、答えられないかもしれません。それでも、繰り返し聞いてきた教えが、物事の見方や人との接し方となって、いつの間にか生き方の中に現れていることがあります。

お釈迦さまは、人々が抱える悩みや苦しみに向き合い、それぞれの人に応じて教えを説かれました。仏教は、知識として覚えて終わるためのものではなく、私たちが苦しみや迷いを抱えながら生きていく、その暮らしの中に生かされてこそ意味を持つ教えでもあります。

もちろん、経典を学び、言葉の意味を正しく知ることも大切です。しかし、「どれだけ覚えているか」だけが仏法を聞いてきた証しではありません。

聞いた教えが少しずつ心に染み込み、誰かに優しくできたり、自分の感情に振り回される前に立ち止まれたり、これまでとは違う見方ができるようになったりする。その小さな変化もまた、教えを聞き続けてきた中で育まれたものではないでしょうか。

忘れてしまった言葉を数えるより、今日の自分の生き方に何が現れているのかを見つめてみる。

そこには、自分でも気づかないうちに育っていた、仏さまの教えがあるのかもしれません。合掌🙏

「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」

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この記事を書いた人

大阪府東大阪市の龍眞院(代表 小田昌良)です。浄土真宗本願寺派の僧侶として、関西一円でお葬式や法要を心を込めてお勤めしております。

ご縁をいただいた方々が、阿弥陀如来の大きな慈悲に包まれ、少しでも安心してご先祖供養に向き合っていただけるよう、日々精進しております。

このホームページでは、仏事に役立つ情報や仏教の教えを日常に活かす法話を発信しています。

またXでも法話を配信し、より多くの方に仏縁を結んでいただけるよう努めております。

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