
人も物や地位に縛られると、本来の自由を失います。
風は何も持たず、ただ吹き抜ける
仏教における「無所得(むしょとく)」とは、「何も得るものがない」という意味ですが、単に物を持たないことではなく、持つことに執着しない心の在り方を示しています。
現代社会では、物や地位、お金を得ることが幸福の条件とされがちですが、それらを追い求めるほど、不足や不安を感じ、苦しみが生まれます。「もっと欲しい」「失いたくない」と執着する心こそが、私たちを縛る鎖となるのです。
たとえば、風は何も持たず、ただ吹き抜けるだけですが、そのおかげで自然と調和し、心地よさを与えてくれます。もし風が「私はこの場所に留まりたい」と執着したならば、風でなくなってしまうでしょう。
同じように、人も物や地位に縛られると、本来の自由を失います。しかし、執着を手放したとき、すでに与えられている恵みに気づき、心の平安が訪れます。
大空は何も持たなくとも、すべてを包み込むように、執着を離れた心は無限の豊かさを得ます。真の幸せとは、何かを得ることではなく、余計なものを手放し、あるがままを受け入れることにあるのです。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は入仏式のご縁でもお伝えすることがあります。新しい仏壇をお迎えする時には、感謝とご縁を結ぶ入仏慶讃法要を行います。