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許しの心が、心に安らぎをもたらします|【公式】お坊さん@出張®︎

許しとは「相手のため」以上に、「自分自身のため」の行いです。

目次

許しは自分に向けた慈悲

仏教で説かれる「慈悲」とは、ただ相手に優しくすることではありません。

そこには、自分自身の心をも救う深い意味が込められています。

私たちは日々の生活の中で、誰かの言葉や態度に傷つき、怒りや恨みを抱えてしまうことがあります。その思いを握りしめたままでは、相手よりも先に自分の心が疲れ、重くなっていきます。

他者を許すという行いは、相手の行為を正当化することではありません。「もう苦しみ続けなくていい」と、自分の心を解放してあげることなのです。許せない気持ちを抱えたままでは、心は過去に縛られ、今を生きる力を失ってしまいます。慈悲の教えは、その鎖に気づき、そっと手放す道を示してくれます。

仏教では、怒りや憎しみもまた因縁によって生まれたものと捉えます。相手にも事情があり、自分にも受け取り方の癖がある。その事実に気づいたとき、心に少し余白が生まれます。その余白こそが、安らぎへの入り口です。

ここで大切なのは、許しとは「相手のため」以上に、「自分自身のため」の行いであるという点です。許せないという思いは、過去の出来事や苦しみに心が執着し続けている状態でもあります。その執着こそが、今の自分を縛り、静かな苦しみを生み出しているのです。許しとは、その苦しみにしがみついている手を、少しずつほどいていく行為にほかなりません。

許しは一瞬で完成するものではありません。時間をかけ、揺れながら、少しずつ育てていく心の働きです。完璧に許せなくても構いません。「手放そうとする心」が芽生えた時点で、すでに仏さまの慈悲は私たちの内に息づいています。その歩みの先に、静かで確かな心の安らぎが待っているのです。合掌🙏

「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」

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🔗49日の数え方・計算について▶︎

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この記事を書いた人

大阪府東大阪市の龍眞院(代表 小田昌良)です。浄土真宗本願寺派の僧侶として、関西一円でお葬式や法要を心を込めてお勤めしております。

ご縁をいただいた方々が、阿弥陀如来の大きな慈悲に包まれ、少しでも安心してご先祖供養に向き合っていただけるよう、日々精進しております。

このホームページでは、仏事に役立つ情報や仏教の教えを日常に活かす法話を発信しています。

またXでも法話を配信し、より多くの方に仏縁を結んでいただけるよう努めております。

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