
迷い続ける私たちだからこそ、阿弥陀さまの光は常に注がれています。
自分は一人ではなかった
阿弥陀如来の光明は、私たち一人ひとりの心に差し込む、やさしくあたたかな光です。人生には、先が見えず不安になる時や、どうしても答えが出せず立ち止まってしまう時があります。そんな時、人は自分の力だけで何とかしようとして、かえって迷いを深めてしまうことも少なくありません。
阿弥陀さまの光は、そうした迷いの闇を力で打ち消す光ではなく、「そのままでいい」と包み込む光です。正しくあろうと必死になり、強くあろうと無理をする私たちを、ありのまま受け止めてくださいます。信仰とは、特別な修行や立派な心を持つことではなく、この光に気づき、身をゆだねることにあります。
光に照らされると、不思議と心は静まり、「自分は一人ではなかった」と感じられるようになります。不安が消えるのではなく、不安を抱えたままでも歩める安心が生まれるのです。阿弥陀さまの光は、迷いの中にいる私たちを責めることなく、今この場所から必ず救うというはたらきそのものです。
その光に照らされて生きるとき、私たちは少しずつ肩の力を抜き、自分にも他人にもやさしくなれます。うまく出来ない自分、弱さを抱えた自分を否定せず、「それでも大丈夫」と頷ける心が育っていきます。
迷いがなくなったから救われるのではありません。迷い続ける私たちだからこそ、阿弥陀さまの光は常に注がれています。その光に照らされながら、今日もまた一歩を踏み出す・・・その歩みそのものが、すでに仏道の中にあるのです。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は入仏法要や遷仏法要のご縁でもお伝えすることがあります。
ご先祖様のご安置場所を移す際の作法については遷仏法要ページをご覧ください。
新しい仏壇をお迎えする時には、感謝とご縁を結ぶ入仏慶讃法要を行います。
年回忌法要早見表をご覧いただくと、今年のご法要日程がすぐに分かります。