

仏教は、身と口と意を完全に一致させなさいと私たちを責める教えではありません。
自分のありのままの姿
仏教には「身口意の三業(しんくいのさんごう)」という言葉があります。
「身」は身体の行い、「口」は言葉の行い、「意」は心の働きを表しています。私たちは普段、この三つがいつも一致しているように思いがちですが、実際にはそうではありません。
例えば、口では「ありがとうございます」と感謝を伝えながら、心の中では不満や怒りを抱いていることがあります。また、笑顔で接していても、不安や悲しみを抱えていることもあるでしょう。身体と言葉と心が、それぞれ違う方向を向いていることは決して珍しいことではありません。
法要の場でも同じことが言えます。
身体は法要の席に座り、口はお経やお念仏を聞いています。しかし心は、故人との思い出や感謝の気持ち、ときには後悔や寂しさなど、さまざまなところへ向かっています。
私は長年、法要やお葬式に勤めさせていただく中で、お勤めの声を聞かせていただくうちに、皆さまの表情が少しずつ和らいでいく場面を何度も見てきました。
法要の前は、それぞれが忙しい日常を過ごし、別々の思いを抱えています。
しかし、一緒に焼香し、お経を聞き、故人との思い出を語り合う中で、心が落ち着き、故人を偲ぶ気持ちが自然と起こってきます。
そのようなご縁をいただいていること自体が、阿弥陀如来のおはたらきなのかもしれません。
仏教は、身と口と意を完全に一致させなさいと私たちを責める教えではありません。むしろ、自分の心が揺れ動く存在であることに気づかせてくださる教えです。
法要は単なる儀式ではありません。
故人を偲びながら、自分自身の心と向き合い、人と人とのご縁の尊さに気づかせていただく大切な時間です。
身口意の三業を通して、自分のありのままの姿を見つめることができたなら、その気づきはこれからの人生を穏やかに歩む力となってくれることでしょう。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は四十九日法要や入仏式のご縁でもお伝えすることがあります。
故人が仏様の御国に往生される大切な節目が「四十九日法要」です。
お仏壇を新しく整えることは、仏様をお迎えする大切なご縁です → [入仏慶讃法要]
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このような思いで、日々お参りに伺っております。よろしければ、私の信条についてもご覧ください。