
「自分」にとらわれすぎず、「目に見えないつながり」を大切にする。
多くのご縁に生かされている私
「無我」とは、「自分」というものが、実は固定された形で存在していないという仏教の大切な教えです。
私たちは普段、「これは私の体」「これは私の心」「これは私の考え」と、はっきりした“自分”があるように感じて生きています。しかし、よく見つめてみると、体も心も一瞬たりとも同じ状態ではありません。
昨日は元気だった体が今日は疲れていたり、昨日は平気だった言葉に今日は傷ついたりします。考え方や感じ方も、年齢や経験、環境によって少しずつ変わっていきます。そう考えると、「これが本当の私だ」と言い切れるものは、どこにも見当たらないのです。
無我を知ることは、「自分をなくす」ことではありません。むしろ、「自分に縛られすぎない」生き方を教えてくれます。他人と比べて落ち込んだり、評価や立場に執着して苦しくなるのは、「確かな自分」を守ろうとする心が強すぎるからです。
無我の教えに触れると、「こうでなければならない自分」から少し自由になり、心がふっと軽くなっていきます。
また、無我は「独りで生きている私」ではなく、「多くのご縁の中で生かされている私」に気づかせてくれます。家族、友人、名も知らぬ人、自然や社会、そのすべてのつながりの中で、今の自分がここにいるのです。
仏さまは、変わりゆくものに執着するのではなく、その変化を受け入れ、広い心で生きる智慧を示してくださいました。
「自分」にとらわれすぎず、「目に見えないつながり」を大切にする。
その歩みの中にこそ、安心と感謝に満ちた人生が開かれていくのではないでしょうか。
今日もいただいているご縁に手を合わせながら、一歩ずつ歩んでまいりましょう。
合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は四十九日法要や年忌法要のご縁でもお伝えすることがあります。ご家族が心を合わせて勤める大切な節目については四十九日法要ページを参照して下さい。
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