
自らの弱さを認めた瞬間、私たちは他者を裁く心を少し手放します。
退くという選択が育てる慈悲
「逃げた」と思ってしまう経験は、多くの人の心に影を落とします。しかし仏教では、苦しみから離れようとする心もまた、煩悩を抱えながら懸命に生きる凡夫の姿と見ます。私たちは決して強い存在ではありません。だからこそ、限界を感じたときにその場を退くという選択をすることがあります。それは敗北ではなく、自らを守るための大切なはたらきです。
無理を重ねて心身を壊してしまえば、慈悲を育てる余裕さえ失われます。しかし、自分を守るために退いた経験のある人は、自らの「苦」を深く知っています。その実感こそが、やがて『同苦の心(他者の苦しみを自分のことのように受けとめられる心)』へと育っていきます。
仏教で説かれる縁起の道理に照らせば、どの経験も孤立した出来事ではありません。退いた(逃げた)出来事さえも、未来において誰かを支える縁となる可能性を秘めています。自らの弱さを認めた瞬間、私たちは他者を裁く心を少し手放します。そこにこそ、凡夫なりの智慧が芽生えるのです。
さらに言えば、退くという選択は「諦め」ではなく、執着を一つ手放す機会でもあります。執着が強いほど、苦は深まります。しかし一歩引くことで、心に余白が生まれます。その余白があるからこそ、仏のはたらきに気づくことができるのです。傷ついた経験は消えませんが、その傷はやがて他者を照らす灯となります。退いた歩みもまた、仏道の一歩。そこに静かに功徳は積み重なっていくのです。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は49日法要や一周忌法要や三回忌法要など年忌法要のご縁でもお伝えすることがあります。
故人が仏様の御国に往生される大切な節目が「四十九日法要」です。
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