
自分で考えるということは、自分の人生を自分で引き受けるということです。
自分で考えることの大切さ
私たちは日々、より便利なものを求めて生きています。
現代はAIの発達により、考えなくても答えが得られる時代となりました。それ自体は決して悪いことではありません。むしろ私たちの生活を支え、助けてくれる大切な存在です。
しかし、その便利さの中で、自分で考えることを手放してしまったとき、知らぬ間に思考する力が弱まっていきます。やがてそれは、日常生活での判断力の低下や、心の働きの衰えとして現れてくることもあります。
人は本来、悩み、考え、選びながら生きていく存在です。その積み重ねこそが、自分自身を育て、支える力となります。
任せることが悪いのではありません。しかし、自ら考えることをやめてしまえば、その結果は自分自身に返ってきます。これを仏教では「業報」といいます。自らの行いが、自らの未来を形づくっていくという教えです。
楽な道を選び続ければ、その先にあるのもまた楽なだけの結果であり、努力して考え続けた道の先には、確かな力と安心が生まれます。どんなに時代が進んでも、自分で考える心は失ってはならない大切なものです。
その積み重ねこそが、人生を支える確かな力となり、どのような状況においても揺るがない自分を育ててくれるのです。
さらに言えば、自分で考えるということは、自分の人生を自分で引き受けるということでもあります。誰かに任せることは楽かもしれませんが、その分だけ自分自身の歩みを手放すことにも繋がります。
だからこそ、便利さに支えられながらも、その中で立ち止まり、考え、選び続けることが大切です。その一つ一つの積み重ねが、やがて大きな安心となって自分を支えてくれるのです。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
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