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忍辱 ― 分かり合えない相手がいても、仏道は壊れない|お坊さん@出張

相手に合わせて自分の心を曲げる必要もありません。相手と争う必要もありません。

目次

自分の仏道を歩む

人はそれぞれ育ってきた環境も、価値観も違います。どれだけ丁寧に言葉を尽くしても、どうしても分かり合えない相手に出会うことがあります。

どうして理解してくれないのだろう

なぜこんな言い方をされるのだろう

そんな思いに心が乱れ、怒りや悲しみが生まれることもあるでしょう。しかし仏道とは、すべての人と意見が一致することで成り立つ道ではありません。

お釈迦様は、人は誰もが煩悩を抱えて生きている存在であると説かれました。だからこそ、考え方の違いや衝突が生まれるのもまた、人間の姿なのです。

分かり合えない相手に出会った時、無理に理解させようとして争う必要もありません。

また、相手に合わせて自分の心を曲げる必要もありません。

ただ、相手の言葉や態度に心を振り回され過ぎず、自分の歩みを静かに保つこと。怒りや対立に引き込まれず、仏の教えを道しるべとして生きる姿勢こそが、仏道を歩むということなのです。

仏教では、このように心を保つ智慧を「忍辱(にんにく)」といいます。忍辱とは、ただ我慢することではありません。相手の言葉や態度に振り回されず、心の歩みを失わない智慧です。

分かり合えない人との出会いこそ、仏様が私たちを仏道へと導いてくださるご縁なのかもしれません。

だからこそ、その出会いをただの苦しみとして終わらせるのではなく、自分の歩みを見つめ直す機会として受け止めていきたいものです。

人と人が完全に理解し合うことは難しくても、仏の教えを道しるべに歩み続ける限り、私たちの仏道そのものが壊れることはないのです。合掌🙏

次回の法要までの間、日常の中で心を整える小さな気づきの法話を発信してまいります。どうぞ無理をなさらず、穏やかな毎日をお過ごしください。

「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」

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この記事を書いた人

大阪府東大阪市の龍眞院(代表 小田昌良)です。浄土真宗本願寺派の僧侶として、関西一円でお葬式や法要を心を込めてお勤めしております。

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このホームページでは、仏事に役立つ情報や仏教の教えを日常に活かす法話を発信しています。

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