
後回しにしない生き方は、自分自身を大切にする歩みでもあるのです。
懈怠(けたい)が苦しみを生む
つい後回しにしてしまうこと、誰にでもあります。「あとでやろう」と思ったその一つが、気づけば心の隅に積もっていきます。
後回しにすることで手離れできず、やがて課題として積み重なっていきます。その一つ一つが心に残り、知らぬ間に不安となって積もっていくのです。
さらに、溜め込んだままにしておくことで、その予定に心が縛られ、どこか解放されない苦しさを感じることもあります。
やらなければならないと分かっているのに手をつけられない。その状態こそが、心の重荷となって私たちを苦しめているのかもしれません。
仏教では、このような怠りの心を「懈怠(けたい)」といいます。
それは単なる怠けではなく、心の流れが滞り、本来の軽やかさを失っている状態でもあります。不安が重なれば、心は少しずつ疲れていきます。すると前に進む力も弱まり、新しいことに挑戦する余裕さえ失われてしまいます。
大切なのは、一気に頑張ることではなく、今できる一つに手をつけること。小さな一歩でも、その積み重ねが心を軽くし、流れを整えてくれます。
私たちは、すべてを完璧にこなそうとして苦しくなってしまうことがあります。しかし本来、大切なのは「今できることに気づき、それを丁寧に行うこと」です。
一つを終えるたびに、心は少しずつ軽くなり、自然と次の一歩へとつながっていきます。後回しにしない生き方は、自分自身を大切にする歩みでもあるのです。
その一歩が、心をほどくはじまりかもしれません。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
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