
何もしない時間こそが、新しい一歩のはじまりなのかもしれません。
次へと進む力を蓄える
何もやる気が出ない日というのは、誰にでもあるものです。何かをしなければならないと分かっていても、どうしても心や体が動かない。そんな自分に対して、焦りや不安を感じることもあるでしょう。
しかし、「何もしていない」と感じるその時間も、決して無駄ではありません。むしろ、その時間があるからこそ、心や体は少しずつ回復し、次へと進む力を蓄えているのです。
何もやる気が出ない時は、心の中の余白が少なくなっている時もあれば、心身が疲れて力が落ちている時でもあります。そのような状態で無理に動こうとすると、かえって判断を誤ったり、大きな失敗につながることも少なくありません。
だからこそ、そのような時には無理に自分を動かそうとするのではなく、立ち止まる勇気を持つことが大切です。何もしない時間を過ごすことも、決して怠けではなく、次の一歩のための大切な準備なのです。
仏教では、心を静めることの大切さが説かれています(禅定)。何もしない時間は、その教えにも通じる、心を整える尊いひとときと言えるでしょう。静けさの中に身を置くことで、乱れていた心は少しずつ落ち着き、本来の自分の姿が見えてきます。
また、やる気が出ない自分も、そのまま固定されたものではありません。私たちの心や状態は、さまざまなご縁によって移り変わっていくものです。今は動けなくても、その状態がずっと続くわけではなく、やがて新たなきっかけによって変わっていきます。
何もやる気が出ない時間は、止まっているように見えて、実は静かに次へと向かう力が育まれている時間です。その時間を否定するのではなく、受け入れ、味わってみることが大切ではないでしょうか。
何もしない時間こそが、新しい一歩のはじまりなのかもしれません。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
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