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「灯台下暗し」―自分の長所が見えなくなる時|お坊さん@出張®︎

自分にとって普通でも、誰かにとっては羨ましいほど尊い長所なのです。

目次

今の自分でも大丈夫

「自分なんてまだまだ…」

「自分には何もない…」

私たちは知らず知らずのうちに、自分を責める言葉を心の中で繰り返してしまうことがあります。

ですが、よく考えてみると、人を見る時と、自分を見る時では、“見方”が違っていることが多いのかもしれません。

他人を見る時には、その人の長所や才能がよく見えます。

「あの人は優しいな」

「すごい才能があるな」

「羨ましいな」

そのように感じることがあります。

しかし、自分を見る時には、失敗や欠点、足りない部分ばかりを見つめてしまうのです。

仏教では、このような“偏った見方”によって、自ら苦しみを生み出してしまう心を教えています。もちろん、反省することは大切です。ですが、反省と自己否定は違います。

反省とは「次に活かそう」と前を向く心ですが、自己否定は「自分には価値がない」と、自分自身を傷つけてしまいます。

「灯台下暗し」という言葉があります。灯台は遠くを明るく照らしますが、その真下は意外と見えにくいものです。

それと同じように、自分自身の長所は、近すぎるからこそ見えていないのかもしれません。

自分では当たり前にやっていることでも、誰かから見れば「すごい」と感じられていることがあります。

優しく話を聞けること。

真面目に続けられること。

周りを気遣えること。

それは、自分にとって普通でも、誰かにとっては羨ましいほど尊い長所なのです。

私たちは、完璧だから価値があるのではありません。悩みながらも、迷いながらも、一生懸命に生きている姿そのものが尊いのです。

阿弥陀様は、立派な人だけを照らしているのではありません。

自分を責め、苦しみ、迷いながら生きる私たちにも、変わらず光を向けてくださっています。

だからこそ、まずは自分自身に優しい言葉をかけてあげたいものですね。

「今の自分でも大丈夫」

そう認めてあげることが、新しい一歩につながるのかもしれません。合掌🙏

「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」

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この記事を書いた人

大阪府東大阪市の龍眞院(代表 小田昌良)です。浄土真宗本願寺派の僧侶として、関西一円でお葬式や法要を心を込めてお勤めしております。

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