
自分にとって普通でも、誰かにとっては羨ましいほど尊い長所なのです。
今の自分でも大丈夫
「自分なんてまだまだ…」
「自分には何もない…」
私たちは知らず知らずのうちに、自分を責める言葉を心の中で繰り返してしまうことがあります。
ですが、よく考えてみると、人を見る時と、自分を見る時では、“見方”が違っていることが多いのかもしれません。
他人を見る時には、その人の長所や才能がよく見えます。
「あの人は優しいな」
「すごい才能があるな」
「羨ましいな」
そのように感じることがあります。
しかし、自分を見る時には、失敗や欠点、足りない部分ばかりを見つめてしまうのです。
仏教では、このような“偏った見方”によって、自ら苦しみを生み出してしまう心を教えています。もちろん、反省することは大切です。ですが、反省と自己否定は違います。
反省とは「次に活かそう」と前を向く心ですが、自己否定は「自分には価値がない」と、自分自身を傷つけてしまいます。
「灯台下暗し」という言葉があります。灯台は遠くを明るく照らしますが、その真下は意外と見えにくいものです。
それと同じように、自分自身の長所は、近すぎるからこそ見えていないのかもしれません。
自分では当たり前にやっていることでも、誰かから見れば「すごい」と感じられていることがあります。
優しく話を聞けること。
真面目に続けられること。
周りを気遣えること。
それは、自分にとって普通でも、誰かにとっては羨ましいほど尊い長所なのです。
私たちは、完璧だから価値があるのではありません。悩みながらも、迷いながらも、一生懸命に生きている姿そのものが尊いのです。
阿弥陀様は、立派な人だけを照らしているのではありません。
自分を責め、苦しみ、迷いながら生きる私たちにも、変わらず光を向けてくださっています。
だからこそ、まずは自分自身に優しい言葉をかけてあげたいものですね。
「今の自分でも大丈夫」
そう認めてあげることが、新しい一歩につながるのかもしれません。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
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