
手を合わせる心について
納骨法要や墓石の建碑法要の際、私はよくこのようなお話をさせていただきます。
「お骨に故人様がいらっしゃるわけではありませんが、大切なご縁の形として、手を合わせる対象として敬う心はとても尊いものです」
仏教、とりわけ浄土真宗では、故人様はすでに阿弥陀様のお浄土へと往生されているといただきます。
ですから、お骨そのものに故人様がとどまっておられるわけではありません。
しかし、それではお骨はただの“物”なのでしょうか。
決してそうではありません。
そこには、確かにこの世を共に歩まれた方のぬくもりがあり、数えきれない思い出が重なっています。
そのお骨は、故人様とのご縁を今に伝えてくれる、かけがえのない“形”なのです。
人は形あるものに触れることで、心を向けることができます。
墓前に立ち、手を合わせるそのひとときの中で、自然と感謝や懐かしさ、そして今を生きる自分への気づきが生まれてまいります。
大切なのは、どこに納骨するかという場所ではなく、どのような心で手を合わせるかということです。
立派なお墓であっても、心が向かなければ意味はありません。
たとえ簡素な形であっても、真心をもって手を合わせるならば、それは尊いご供養となるのです。
納骨や建碑は、単なる区切りではなく、故人様とのご縁をあらためて受け取り直す大切なご縁の場です。
どうかそのひとときを通して、今こうして生かされている自分自身のいのちにも、そっと目を向けていただければと思います。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は納骨法要と建碑法要のご縁でもお伝えすることがあります。
ご遺骨をお墓や納骨堂に安置する儀式が「納骨法要」です。
新しくお墓を建立された際には「建碑法要」を営みます。
このような思いで、日々お参りに伺っております。よろしければ、私の信条についてもご覧ください。