
当たり前が、もし明日には訪れないとしたらどうでしょうか。
「今」という時間の尊さ
当たり前に続くと思っていた日常は、ある日ふと途切れます。
そばにいる人の声も、何気ない会話も、いつでもあると思っていた時間も、失ってからその尊さに気づくことがあります。遠くの出来事よりも、まずは身近な当たり前に目を向けることが大切です。
家族と笑い合えること、体が思うように動くこと、今日も変わらず一日を過ごせること。そうした一つひとつは、普段は意識にも上らないほど自然なものかもしれません。
けれど、その当たり前が、もし明日には訪れないとしたらどうでしょうか。
そう考えたとき、今そばにいてくれる人との時間や、何気ない日常のひとつひとつが、かけがえのないものとして感じられてきます。
私たちは日々の中で、別れの場面に触れることも少なくありません。ふとした瞬間に、その現実を感じることもあるでしょう。それは決して遠い出来事ではなく、誰にでも訪れるものです。
仏教ではこれを「無常」といいます。すべては移り変わり、同じ状態にとどまり続けることはできないという真実です。この無常の教えは、決して悲しみだけを伝えるものではありません。むしろ、「今」という時間の尊さを教えてくれるものです。
「また今度」と思っていたことは、いつか叶わないままになるかもしれません。だからこそ、今この瞬間にあるご縁に心を向け、丁寧に関わっていくことが大切なのです。
当たり前は、いつも期限付き。
その気づきが、何気ない一日を大切にする心を育て、そばにいる人へのやさしさへと変わっていきます。今日という一日が、誰かにとってかけがえのない時間でありますように。合掌🙏
「この記事は、浄土真宗本願寺派 龍眞院『お坊さん@出張®』がお届けしました。」
この法話は49日法要や入仏式のご縁でもお伝えすることがあります。
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新しい仏壇をお迎えする時には、感謝とご縁を結ぶ入仏慶讃法要を行います。
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